「お茶、入れますね」
二代目社長が、自分でやかんを持った。
その瞬間、空気が、はっきり、動いた。
会議室にいた社員が、一瞬、止まった。
何を言われたか分からない、という顔をした。
そして、目の奥の何かが、少し緩んだ。
私はその場に同席していた。
知り合いの中小企業の、月に一度の幹部会議。
社長に就任して、たしか五年目くらいだったと思う。
### 頑張ってきた人の顔
その二代目社長を、私は先代の頃から知っている。
四十を過ぎてから家業に戻り、五十前で社長になった。
先代は地元では知られた人で、性格も濃かった。
「あの社長の息子」
これを背負って、彼はずっと頑張ってきた。
朝は誰よりも早く出社した。
現場にも頻繁に顔を出した。
数字も自分で読めるようになった。
経営計画も、自分の言葉で書けるようになった。
でも、ずっと、どこかが空回りしていた。
社員は、彼の指示には従う。
挨拶もする。
会議でも、ちゃんと意見を言う。
でも、目が、どこか、遠かった。
「先代の頃のほうが、社員はノッていた」
何度か、本人の口から、こぼれていた言葉だ。
### 社長が、やかんを持った
その日の会議は、別に特別な議題があったわけではない。
月次の数字を見て、各部署の課題を共有する、いつものやつ。
会議が始まる五分前。
事務の若い社員が、お茶の準備をしようとして、湯沸かし器のスイッチが入っていなかったことに気づいた。
少し慌てて、お湯を沸かし始めた。
会議室に、もうみんな揃っていた。
社長も座っていた。
普段なら、「お茶はあとでいいから始めよう」と言うところだ。
でも、その日は違った。
社長は、すっと立ち上がって、給湯室に向かった。
そして、自分で人数分の茶碗を出し、お茶を入れて、ひとりひとりの前に置いて回った。
「お待たせしました」
「どうぞ」
「冷めないうちに」
静かな声で、それだけ。
事務の女性は、最初、止めようとして、固まっていた。
「私がやります」と言いかけて、言えなかった。
社長のその所作に、変な力みも、わざとらしさも、なかったからだ。
ただ、自然に、当たり前のように、お茶を配っていた。
### 現場のリアルは、所作に出る
人事を二十二年やってきて、面接も二千人ほど見てきた。
中小企業の二代目、三代目も、たくさん見てきた。
みんな、本当によく勉強している。
経営の本も読む。
セミナーにも行く。
理念も、ビジョンも、ちゃんと作る。
でも、社員がついてこない。
「なぜ、社員は分かってくれないのか」
これが、二代目の口から出てくる、いちばん多い悩みだ。
私自身、家業を継いだときに、これで苦しんだ。
伝統工房を父から引き継いだとき、職人たちは私を「ぼっちゃん」と呼んだ。
私は四十を過ぎていた。
どんなに正しいことを言っても、職人の手は動かない。
数字を示しても、危機感は伝わらない。
理念を語っても、白けた目で見られる。
あの頃の私は、勘違いしていた。
「言葉が足りないんだ」と思っていた。
もっと上手く伝えれば、もっと熱を込めれば、伝わるはずだと。
違った。
職人たちは、私の「言葉」を見ていなかった。
私の「所作」を見ていた。
朝、誰に挨拶するか。
職人が手を怪我したとき、何分で現場に行くか。
道具を、どう扱うか。
工房の床に落ちたゴミを、自分で拾うか、見て見ぬふりをするか。
そういう、言葉にならない部分を、ずっと、見られていた。
### 「上司」ではなく「人」として見られる瞬間
あの日、会議室で社員にお茶を出した二代目社長は、おそらく、計算していなかった。
「こうすれば社員の心を掴める」なんて、考えていなかったと思う。
ただ、若い事務員が困っていて、自分が動いたほうが早かった。
それだけだ。
でも、社員の側からすると、違って見えた。
「社長」がお茶を出してくれた、ではない。
「この人」がお茶を出してくれた、と感じた。
肩書きと、肩書きの中にいる「人」が、はじめて、ひとつにつながった瞬間。
人は、肩書きに対しては、礼儀正しくする。
でも、心は、肩書きには動かない。
肩書きの中にいる「人」を見たとき、はじめて、心が動く。
その日を境に、社員の目の奥が、少し変わった気がした。
劇的に何かが変わったわけじゃない。
業績がV字回復した、なんて分かりやすい話でもない。
ただ、会議の空気が、少し柔らかくなった。
社員からの発言が、少し増えた。
社長の冗談に、笑いが起きるようになった。
その程度のことだ。
でも、その程度のことが、いちばん難しい。
### AI時代に、ますます効くもの
最近、私はAIを使って文章を書く仕事もしている。
驚くほど、上手い「メッセージ」が、誰でも作れる時代になった。
経営者向けのスピーチ原稿も、社内報も、年頭の挨拶も、それなりのものが、数分で出てくる。
言葉が、安くなった。
そういう時代だからこそ、言葉ではないところで、リーダーが何を見せるかが、効いてくる。
どれだけ上手いメッセージを出しても、社員は、もう、慣れてしまっている。
「またそれっぽいことを言っている」
これで終わってしまう。
でも、所作は、AIには代行できない。
会議室で、自分でお茶を入れる。
雨の日に、外回りから帰ってきた社員に、タオルをすっと渡す。
苦情の電話に、自分で出る。
工場の床に落ちたネジを、自分で拾う。
こういう、ちょっとした所作の中に、その人の本当の姿が出る。
そして、社員は、そこを、いちばん、見ている。
### 明日、ひとつだけ
もし、あなたが二代目で、社員との距離に悩んでいるなら。
理念を作り直す前に、組織図を書き直す前に。
明日の会議で、ひとつだけ、自分から動いてみてほしい。
お茶を出す、でもいい。
会議室の椅子を並べる、でもいい。
いちばん先に来て、いちばん最後に帰る、でもいい。
宣言はいらない。
説明もいらない。
ただ、黙って、自分の手で、やる。
最初は、社員は戸惑うかもしれない。
「社長、いいですよ」と止めるかもしれない。
それでもいい。
その所作を、社員は、必ず、覚えている。
半年後か、一年後か、あるいは、もっと先かもしれない。
でも、ある日ふと、社員の目の奥が、少し変わる瞬間が来る。
あの日、会議室にいた二代目社長のように。
肩書きの中にいる「人」が、社員から、ようやく、見つけてもらえる日が、来る。
経営は、長い。
その日まで、自分の所作を、磨いておけばいい。
やかんを持つ手は、まだ、間に合う。


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