父と、本気の話を、ついぞしないままだった。
会社のことも、自分のことも。
葬式の朝、写真の中の父を見て、初めて気づいた。
私たちは、何ひとつ言葉にしないまま、ここまで来てしまった。
後継者問題というと、たいてい税金や株の話になる。
評価額がいくらだ。
相続でいくら持っていかれる。
スキームをどう組むか。
たしかに大事な話だ。
逃げて済む話でもない。
でも、22年間人事をやり、自分自身が家業を継いだ立場から言わせてもらえば、それは「いちばん表面の話」だ。
本当に足りていないのは、もっと手前のものだと思う。
親子の間で、交わされなかった言葉。
それだけだ。
私の父は、典型的な「昔の社長」だった。
背中で語る。
弱音は吐かない。
会社のことを家で話さない。
夕食の席で、業績の話になりかけても、
「子供はそんなこと気にしなくていい」
と、それで終わりだった。
私は私で、聞きたいことはたくさんあった。
借入はいくらあるのか。
幹部社員と父の関係は。
なぜ事業をここまで広げたのか。
何を、本当は怖がっていたのか。
でも、聞けなかった。
聞いたら、父の弱いところに触れてしまう気がしたからだ。
息子が、父の弱さに触れるのは、礼儀ではない。
そう思っていた。
たぶん父も同じだった。
「お前にはまだ早い」
何度この言葉を聞いただろう。
別に意地悪で言っていたわけではない。
たぶん父も、どう話していいか、わからなかったのだ。
経営の苦しさを、息子に背負わせていいのか。
頼ってしまっていいのか。
それを言葉にする習慣が、その世代の男にはなかった。
私たちは、お互いに、弱さを見せ合えない関係のまま、年を取った。
父が倒れたとき、引き継ぎノートのようなものは、何もなかった。
帳簿はあった。
契約書もあった。
でも、
「この取引先とは、こういう経緯でこうなっている」
「あの幹部には、こういう恩がある」
「この事業は、本当は畳みたかった」
そういう、父の頭の中にしかないものは、全部、父と一緒に消えた。
葬式の場で、古参の番頭さんに言われた。
「社長はな、お前のことを、いっつも心配しとったよ」
「ほんまは、もっと早く、お前と話したかったんやと思う」
私は、人前で泣くのが嫌いな人間だ。
でも、その日はうまくいかなかった。
会社を継いでから、私は、後継者をめぐる相談を、よく受けるようになった。
ホテルの社長。
冠婚葬祭の二代目。
地場の製造業の親父さん。
みんな、口では「税金がな」「株の評価がな」と言う。
でも、何度か酒を飲むと、本音は別のところにあるのがわかる。
「あいつが、何を考えとるか、わからん」
「向こうも、こっちの本音を、聞いてくれん」
「うちの息子は、私のことを、軽蔑しとるんちゃうかと思うときがある」
逆の立場の、後継者世代もそうだ。
「親父が、いつ譲る気なのか、わからない」
「自分のやり方を、本当は認めていないと思う」
「もう50近いのに、まだ『お前にはまだ早い』と言われる」
不思議なことに、双方とも、相手のことを、嫌っているわけではない。
むしろ、深いところで、ものすごく気にしている。
ただ、それを、言葉にする回路を、持っていないだけだ。
承継のスキームだけ整えた親子を、私は何組も見てきた。
きれいに株は動く。
税金も最適化される。
役職もきちんと譲られる。
でも、その後、3年ほどで、必ず歪みが出る。
幹部が辞める。
息子が体を壊す。
親父が口を出しすぎて、後継者がノイローゼになる。
逆に親父が完全に手を引きすぎて、現場が不安になる。
スキームは正解だったのに、関係は壊れる。
なぜか。
「なぜ譲るのか」
「なぜ受けるのか」
「何を残したくて、何を変えてほしいのか」
その一番大事な部分を、お互い、言葉にしないまま判子だけ押したからだ。
判子は、言葉の代わりにはならない。
ここで、少しだけ、AIの話をしておきたい。
私は50歳でChatGPTやClaudeに触れて、人生観が少し変わった。
AIは、答えをくれる道具だと、最初は思っていた。
そうじゃなかった。
AIは、自分の中にある、まだ言葉になっていないものを、言葉にする手伝いをしてくれる道具だ。
ある後継者の青年と話したとき、こう言われたことがある。
「親父に伝えたいことがあって、何回もAIに相談してます」
「いきなり面と向かって言うと、けんかになるんで」
「AI相手に、何度も書き直してます」
私は、それは、ものすごくいい使い方だと思った。
親子の間で、いきなり完璧な言葉は出てこない。
数十年、言葉にしてこなかったものを、いきなり食卓で言える人は、まずいない。
だったら、AIを「言葉の練習相手」にすればいい。
「父にどう伝えれば、否定されたと感じさせずに済むか」
「自分の不安を、弱音にしすぎず、ちゃんと伝えるには」
そう問いかける。
AIは何度でも付き合ってくれる。
そして、形になり始めた言葉を、最後は自分の口で、ちゃんと父に届ければいい。
逆も同じだ。
親世代も、「息子になぜ譲りたいのか」を、一度AI相手に話してみるといい。
自分でも気づいていなかった想いが、出てくる。
「あいつには、自分のような後悔を、してほしくないんや」
そんな本音が、画面の中に、ぽろっと出てきたりする。
それは、本来、息子に直接言うべき言葉だ。
私が、後継者問題で相談を受けたら、最近こう言うようにしている。
スキームの前に、テーブルを作ってください。
立派なテーブルじゃなくていい。
家のダイニングテーブルでいい。
そこで、月に一度でいい。
「会社の話」ではなく、「お互いの想いの話」をしてください。
業績の話は、会議室でやればいい。
家のテーブルでするのは、
なぜこの会社を続けたいのか。
何が怖いのか。
何を、本当は譲りたいのか。
何を、本当は受け取りたいのか。
最初は、ぎこちなくていい。
5分で終わってもいい。
それでも、10年続ければ、確実に何かが変わる。
私は、それを父とできなかった。
だからこそ、相談に来る親子には、できる限り、その時間を作ってもらいたいと思っている。
後継者問題は、お金の問題に見えて、実は、言葉の問題だ。
そして、言葉は、生きているうちにしか、交わせない。
写真になってからでは、もう遅い。
今夜、夕食のとき、
「最近、どうや」
その一言だけでも、いい。
そこから、言葉のテーブルは、静かに始まる。


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