居士林の朝4時、起きた瞬間に泣いた話

禅と精神性

朝4時。

鐘が鳴る前に、目が覚めた。

体を起こした、その瞬間——なぜか、頬を、涙が伝っていた。

悲しかったわけじゃない。

感動したわけでもない。

ただ、起きた。それだけだった。

それだけで、涙が出た。


なぜ、比叡山に行こうと思ったのか。

理由は、自分でもうまく説明できない。

50を過ぎたあたりから、ずっと、何かが詰まっていた。

仕事は、回っている。

部下はいるし、役職もある。

数字も、社長への報告も、なんとかなっている。

でも、家には帰っても誰もいない。

妻と子とは、ずっと別居のままだ。

ニュースを見ても、SNSを見ても、ChatGPTを開いても、心は動かない。

「俺、何のために毎日働いてるんだっけ」

その問いを、口に出さないだけで、ずっと持ち歩いていた。

そんなとき、たまたま、比叡山の居士林の研修を知った。

数泊して、坐禅と写経と、無言の時間を過ごす。

決断は、わりとあっさりだった。

「行かないと、たぶんもう、ずっと行かないな」

ただ、それだけだった。


居士林に着いて、まず驚いたのは、参加者の数だった。

数十人いた。

年齢層は、たぶん30代から70代。

経営者っぽい人もいれば、勤め人っぽい人もいた。

挨拶以外は、基本的に話さない。

だから、誰が何をしている人なのか、最後までよくわからなかった。

それでいいのだ、と途中で気づいた。

普段、自分は他人を「肩書き」で見すぎていた。

それを、剥がしに来ている。

そう思った。


研修は、想像していたよりも、地味だった。

板間に座って、ただ呼吸を数える。

足は痛い。

腰は重い。

最初の日は、頭の中で会社の案件が回り続けていた。

「あの稟議、戻ってきてるかな」

「あの新人、ちゃんと出社してるかな」

雑念だ、と頭ではわかっている。

でも、消えない。

それでも、2日目、3日目になると、少しずつ、頭の中が静かになってくる。

完全にではない。

ただ、雑音と雑音の「あいだ」に、小さな隙間ができ始める。

その隙間を、まだ、自分では扱いきれない。

そんな感じだった。


問題の朝は、たしか2日目か3日目だった。

外はまだ真っ暗で、窓の向こうも、ただ黒い。

板間は、信じられないくらい冷たい。

布団のぬくもりと、その冷たさの差で、体が一瞬びくりとする。

体は、まだ完全には起きていない。

頭も、まだ少しぼんやりしている。

「ああ、また始まるのか」

そう思いながら、ひと呼吸ついて、上半身を起こした。

その瞬間だった。

何の前触れもなく、左の頬を、つうっと、涙が伝った。

少し遅れて、右の頬にも。

驚いた。

声は出なかった。

ただ、頬を触って、「ああ、本当に出てる」と確認した。

悲しいわけでも、嬉しいわけでもない。

何かを思い出したわけでもない。

ただ、涙だけが、先に出ていた。


なぜ、泣いたのか。

正直、今もよくわからない。

スピリチュアルな言い方をすれば、いくらでもできる。

「魂が浄化された」とか、「前世が」とか。

でも、そういうことではない気がしている。

たぶん、もっと素朴な話だ。

ひとつは、50代になって、いつのまにか失ってきたものが、無防備な早朝に、ふっと出てきたのだと思う。

妻と子と、笑いながら飯を食っていたあの頃。

20年前に亡くした、父の顔。

20代の自分が、根拠もなく信じていた、自分の未来。

そういうものが、ふだんは胸の奥底に押し込めてある。

仕事中は、絶対に出てこない。

酒を飲んでも、出てこない。

でも、4時の冷たい板間で、まだ頭が起動していない瞬間。

そこだけ、ガードが下りていた。

下りた隙間から、押し込めていたものが、ほんの少しだけ顔を出した。

そういうことだったんじゃないか、と思っている。

もうひとつは、たぶん、緊張だ。

会社では、ずっと張っている。

家でも、ひとりで、ずっと張っている。

「ちゃんとしなきゃ」

「弱いところを見せちゃいけない」

そういう緊張を、22年、ずっと続けてきた。

それが、研修2日目あたりで、本人の許可なく、勝手にほどけた。

ほどけたときに、感情が追いつかなくて、こぼれた。

そんな気がしている。

悟ったわけじゃない。

何かが劇的に変わったわけでもない。

ただ、「ああ、自分の中には、こんなにも、まだ動くものが残っていたのか」と、少しだけ安心した。


東京に戻って、また日常が始まった。

メールは溜まっていたし、面倒な案件もそのままだった。

ChatGPTもClaudeも、相変わらず賢く、便利だった。

AIは、たいていのことを、すぐに答えてくれる。

考える前に、答えが出てくる。

すごい時代だ、と本当に思う。

でも、あの朝の涙は、AIには絶対に出せない。

説明もできない。

意味づけもできない。

AIに「なぜ私はあの朝、泣いたのですか」と聞いても、それらしい答えは返ってくるだろう。

きれいに整理された、ありがたい言葉が並ぶだろう。

でも、それは、答えじゃない。

便利な時代だからこそ、自分の中に、「説明のつかない時間」を残しておかないと、まずいと思った。

すぐに意味を求めない時間。

すぐに答えを出さない時間。

ぼんやり、冷たい板間に座って、自分の呼吸だけを数える時間。

そういう時間が、たぶん、これからの50代、60代を支えてくれる気がしている。


これから必要なのは、強さではないと、最近よく思う。

強がりは、もう十分やった。

そうではなくて、「自分の中にあるよくわからないもの」を、抱えていられる力のほうだ。

説明できない涙。

意味のない時間。

役に立たない、ぼんやりした午後。

そういうものを、無理に意味づけしない。

無理に消そうとしない。

ただ、「ある」とだけ認めて、隣に置いておく。

それくらいでちょうどいい。


あの朝の涙が何だったのか、今もわからない。

たぶん、これからもわからない。

ただ、頬の冷たさと、まだ黒い窓と、ひと呼吸ついて起き上がった、あの瞬間の感触だけは、はっきり覚えている。

説明できない時間を、ひとつでも、自分の中に持っていられる。

それは、ちょっとした財産だと思う。

そういう自分を、まあ、悪くないな、と思える夜が、最近、少しだけ増えた。

それくらいの希望で、今は、十分だ。

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