AIで完結する業務を喜ぶ人と、寂しがる人の差 ―50代に出やすい分岐

AIの働き方

ChatGPTで議事録が、3秒で出来上がる。

これに、

「やった、楽になった」と喜ぶ人と、

「寂しいな」と感じる人がいる。

50代の管理職に、

この差が、はっきり出る


私は、後者だ。

ChatGPTに議事録を書かせるたびに、

正直に書くと、

胸の奥で、ちいさく、寂しい。


なぜ、寂しいのか。

最初は、自分でも、

うまく、言葉にできなかった。

20代、30代の部下に話すと、

「楽になっていいじゃないですか」

と、本気で笑われる。

そう、その通り。

楽になっている。

時間も、空く。

夜、帰るのが、30分早くなる。

それでも、寂しい。


50歳になって、

やっと、

寂しさの正体が、わかってきた。

3つあった。

ひとつ目は、「自分の介在価値が、消える」感覚だ。

議事録を書く、という作業は、

実は、ただの記録ではない。

**会議の中で、自分が何を聞き取ったか、

何を重要だと思ったか、

自分の解釈を、文字にする作業** だった。

書きながら、私は、

「この発言は、来期の組織にとって重要だな」

「この沈黙は、後で取り戻せないな」

と、考えていた。

それが、

自分の頭の使い方の、地味だけど大事な部分 だった。

それが、AIで、3秒に圧縮された瞬間、

「自分は、いま、何を考えているんだろう」

と、ふと、わからなくなる。


ふたつ目は、「30年の経験が、3秒で代替される」虚しさだ。

50代の管理職には、

書類仕事の中に、30年の経験値 が、にじむ。

評価コメント、求人票、社内通知、稟議書。

その文章には、

「あの社員は、こういう言葉に弱い」

「この部署に、この言い回しは伝わらない」

「この会社のトーンとして、ここは砕けすぎ」

そういう、現場で身についた「肌感覚」 が、

20年かけて、染み込んでいる。

それを、AIは、

「会社のトーン」を一切知らずに、

3秒で、立派な文章を出してくる。

その文章は、たぶん、

「読みやすさ」では、私の文章を超えている

でも、

「現場で読まれた時の温度」では、

私の文章の方が、

たぶん、効いている。

その差を、

数字では、誰も評価してくれない。


みっつ目は、「自分の存在意義が、ぼやける」夜だ。

ChatGPTで業務が完結すると、

夜、帰宅して、

「今日、自分は、何をしていたんだろう」

と、思うことが増える。

書類を仕上げた達成感。

部下の質問に、的確に答えた満足感。

そういう、

小さな「やった感」が、消えていく

20代、30代の部下にとっては、

「やった感」が消えるのは、自由を意味する。

でも、50代の管理職にとっては、

「やった感」は、

自分が、まだ会社で必要とされている、という証拠 だった。

それが、

AIに、ひとつずつ、引き渡されていく。


ここまで読んで、

「だからAIに反対」と書くつもりは、まったくない。

私は、ChatGPTもClaudeも、毎日触っている。

手放せない。


でも、書きたいのは、

「寂しがるのが、正解だ」 ということだ。

AIで業務が完結することに、

「楽になった」だけしか感じない人は、

たぶん、

自分の仕事の本当の価値を、知らない

寂しがる人は、

「自分が、どこで現場に効いていたか」を、

体で知っている。

その人は、

AI時代でも、

「数字に乗らない価値」を作る場所 に、

ちゃんと、移動できる。


つまり、

寂しさは、AI時代の感受性の証 だ。


そしてこの感受性は、

たぶん、若い世代より、

50代の方が、ずっと、強い。

なぜなら、私たちは、

「文章を書く時間」「電話で話す時間」「廊下で立ち話する時間」

そういう、

いま振り返ると、贅沢だった時間 を、

仕事の中で、たっぷり持っていた。

それを、知っている。


50代のあなたへ。

ChatGPTで業務が3秒で終わった夜、

「楽になった」だけで終わらせないでください。

ちょっと、寂しくなってください。

そして、

「自分は、どこで、現場に効いていたんだろう」

と、

3分でいいので、考えてみてください。


その3分が、

AI時代の50代の、

たぶん、

いちばん大事な所作 です。


寂しさを感じられる人は、

組織の中で、

「数字には乗らないけれど、辞めたら困る人」 に、

ゆっくりと、なっていきます。

それは、

AI時代の終盤に、

いちばん高く評価される存在です。


寂しがってください。

その寂しさが、

50代の感受性として、

組織の最後の砦になります。

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