AIに代替されない人事の仕事は、たぶん「立ち話」だ

AIの働き方

給与計算は、もうAIでいい。

勤怠の集計も、求人票の下書きも、AIのほうが速いし正確だ。

これは負け惜しみではなく、22年人事をやってきた人間の、わりと素直な感想だ。

正直、ほっとしている部分もある。

月末の給与計算で電卓を叩いていた夜のことを思えば、あんな作業はさっさと機械に渡してしまえばいい。


ただ、ひとつだけ。

「では、最後に人事に残る仕事は何ですか」

そう聞かれたとき、私はしばらく答えられなかった。

評価制度の設計、と言いかけて、やめた。

それもいずれAIが下書きを出してくる。

採用面接、と言いかけて、これも怪しいと思った。

一次面接の見極めくらい、もう代替されつつある。

考えて考えて、出てきた答えが、自分でも少し意外だった。

それは「立ち話」だった。

面談室では、本当のことは出ない

うちは300人規模の老舗のサービス業だ。

ホテルや冠婚葬祭をやっている。

人事をやっていると、年に何度も「面談」をする。

評価面談、キャリア面談、1on1。

立派な名前がついていて、面談室という個室まである。

でも、正直に言う。

あの部屋で、本当のことはあまり出ない。

ドアを閉めて、机をはさんで向かい合って、「最近どうですか」と聞く。

返ってくるのは「まあ、ぼちぼちです」だ。

記録が残るとわかっている場で、人は本音を言わない。

当たり前だ。私だって言わない。

では、本音はどこで出るのか。

廊下だ。給湯室だ。コピー機の前だ。


去年の冬、コピー機の前で、ある若手とすれ違った。

紙詰まりを直しながら、私は何の気なしに「最近どう?」と聞いた。

本当に、何の気なしにだ。

その子は一瞬黙って、それから「あー…、まあ大丈夫です」と笑った。

その「一瞬の黙り」が、ひっかかった。

言葉は「大丈夫」なのに、間が大丈夫じゃなかった。

数値化できない。記録もしていない。

でも私は、その日の夜に上司にメモを送った。

「あの子、少し気にかけてあげてください」と。

二週間後、その子は直属の上司に相談に来た。

人間関係で、かなり追い詰められていた。

もし、あのコピー機の前の数十秒がなかったら。

たぶん、気づくのはもっと遅れていた。

退職届が出てから、だったかもしれない。

退職のサインは、たいてい立ち話で先に出る

人が辞めるとき、いきなり辞めるわけではない。

必ず、その前に小さなサインが出ている。

ただ、そのサインは面談室には出てこない。

立ち話に出る。

挨拶の声が、半音低くなる。

給湯室で、前より早く席に戻るようになる。

すれ違っても、目を合わせなくなる。

「最近どう?」への返事が、妙に長くなったり、妙に短くなったりする。

これは22年見てきた、私の体感だ。

エビデンスと言われると困る。

でも、現場の人事なら、たぶん全員うなずく。


職場の不穏も、同じだ。

部署の空気が悪くなるとき、誰も会議では言わない。

会議の議事録は、いつも平和だ。

でも、コピー機の前で「あの部署、最近ピリピリしてますよね」とこぼされる。

廊下ですれ違いざまに「○○さん、大丈夫ですかね」と小声で言われる。

火種は、いつも立ち話のほうが先に教えてくれる。

正式な報告が上がってくる頃には、もう燃えている。

AIには、立ち話ができない

ここで、AIの話に戻る。

AIは、すごい。

私は50歳でChatGPTに触れて、本気でそう思った。

副業でAmazon物販もやっているが、商品説明の文章なんて、もう自分で書く気がしない。

人事の定型業務も、どんどん渡していい。

渡すべきだ。

でも、AIには立ち話ができない。

なぜか。

立ち話は、効率が悪いからだ。

数十秒、紙詰まりを直しながら、目的もなく交わす言葉。

AIは「目的」を持って動く。

立ち話には、目的がない。

「最近どう?」には、明確なゴールがない。

ゴールがないから、相手も身構えない。

身構えないから、本音の端っこがこぼれる。


そして、立ち話は記録されない。

数値化もされない。

KPIにもならない。

「今日は廊下で3人と立ち話をしました」なんて、報告書には書けない。

書いても、たぶん「で?」と言われる。

でも、その「で?」と言われてしまう数十秒に、人事のいちばん大事なものが入っている。

記録されないこと。

数値化されないこと。

効率が悪いこと。

——それは弱点ではない。

それこそが、AIに代替されない理由だ。

AIが定型業務を引き受けるほど、立ち話の時間が戻ってくる

ここからは、少し希望の話をしたい。

これまで、人事は忙しすぎた。

月末は給与、月初は勤怠、その合間に書類、書類、書類。

廊下を歩くときも、頭の中は次の締め切りでいっぱいだった。

すれ違う社員の顔を、ちゃんと見ていなかった。

「最近どう?」と聞く数十秒すら、惜しんでいた。

でも、AIが定型業務を引き受けてくれるなら。

その数十秒が、戻ってくる。

これは、わりとすごい反転だと思う。

AIに仕事を「奪われる」のではない。

AIのおかげで、いちばん人間にしかできない仕事をする時間が「返ってくる」。


管理職も同じだ。

部下のことを、面談の時間だけで分かろうとしても無理がある。

廊下ですれ違いざまに「あれ?」と立ち止まれるかどうか。

その「あれ?」を、AIは出してくれない。

違和感は、数値化されない。

エンゲージメントサーベイの点数には、まだ出ていない。

でも、給湯室で見たあの表情には、もう出ている。


明日、机に向かう前に、一度廊下に出てみてほしい。

コピー機の前で誰かとすれ違ったら、「最近どう?」と声をかけてみてほしい。

返事の言葉ではなく、その前の「一瞬の間」を、聞いてほしい。

それは、サボりではない。

雑談という名の、無駄な時間でもない。

たぶんそれが、AI時代に人事と管理職に残る、いちばん大事な仕事だ。

給与計算は、AIに任せていい。

立ち話は、私たちがやろう。

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