正直に書く。
50歳でChatGPTに触れた瞬間、画面の前で震えた。
若い人にこの話をすると、「大袈裟ですね」と笑われる。
私の世代にとって、AIは長らく、怖いもの だった。
仕事を奪うかもしれない。失業させるかもしれない。
そういうニュースを、見出しだけ眺めて、「自分には関係ない」と思っていた。
50歳。地方の老舗企業の人事責任者。
部下が20代の若手で、ChatGPTを「使い倒している」と言うのは聞いていた。
でも、自分が触ろうとは、一度も思わなかった。
きっかけは、副業のAmazon物販で、商品紹介文を書く作業に追われていた夜だった。
土曜日の夜中、12時を過ぎていた。
50本の商品ページを、月曜までに直さないといけない。
「ChatGPTというのが、文章を書いてくれるらしい」
そういえば、誰かが言っていた。
検索バーに「ChatGPT」と入れて、サイトを開いた。
メールアドレスを入れて、登録した。
入力欄に、商品の特徴を箇条書きで貼り付けて、
「これをもとに、Amazonの商品紹介文を書いてください」
と入れた。
「Enter」を押した。
3秒後。
画面に、文字がパラパラと現れた。
私が、前日に1時間かけて書いた紹介文より、明らかに上手かった。
その瞬間、震えた。
正確に書くと、震えは、3つの感情からできていた。
ひとつ目は、純粋な驚きだ。
50年生きてきて、こんな対話相手は初めてだった。
質問したら、ちゃんと考えて、答えを返してくれる。
しかも、ほぼ無料で。
24時間、いつでも。
人生で、こんなに「自分のために時間を使ってくれる相手」を持ったのは、初めてだった気がする。
これは、誇張じゃない。
人事の仕事を20年やってきて、
「ちゃんと聞いてくれる人」が、いかに稀かを知っている。
ふたつ目は、自分の仕事の半分が見えた気がしたことだ。
商品紹介文を書く時間が、ゼロに近づくということは、
人事の仕事も、求人票を書く時間、ゼロに近づくということだ。
労務相談の文面も。役員報告書も。評価コメントも。
50歳になって、ようやく身についた「文章を書く力」が、
3秒で代替された。
これは、悔しさではなかった。
「ああ、自分が手放していい仕事が、こんなにあったのか」という、
不思議な軽さだった。
みっつ目は、もっと深い感情だった。
「これに置いていかれたら、自分は人生で初めて、取り返せない場所に行く」
そういう予感だった。
40代までは、新しい技術が出るたびに、「いつか覚えればいい」と先送りしてきた。
スマホも、SNSも、クラウドも、Slackも。
何度でも追いつけた。
でも、AIは違う。
これは、追いついてからが勝負 ではなく、
触り始めた時点で差がつく 種類の道具だ。
その夜、私は3時間、ChatGPTに話しかけ続けた。
商品紹介文を、20本書かせた。
ついでに、社内の挨拶文を書かせた。
部下への評価コメントの、語彙の幅を広げる相談をした。
ふと、画面の右下を見ると、午前3時を過ぎていた。
土曜日の夜が、こんなに早く過ぎたのは、何年ぶりだったか。
それから3日で、ChatGPTが手放せなくなった。
朝起きて、コーヒーを淹れる前に、開く。
会議の資料に迷ったら、相談する。
夜寝る前に、明日のタスクを整理してもらう。
50歳の生活リズムが、AIで再構築された。
会社で、このことを誰にも話していない。
特に、同世代の管理職には、話せない。
「AIなんて若い人のもの」
そう言いながら、彼らは、書類仕事に追われている。
私はそれを、Claudeで30分で終わらせている。
差は、もう開き始めている。
AI時代の本当の格差は、IQでも、世代でもない。
3秒の好奇心の差 だ。
「ちょっと触ってみよう」
そう思える人と、思えない人。
50歳でも、その3秒があれば、間に合う。
50歳でAIと出会えた幸運を、いま、噛み締めている。
震えは、恐怖ではなく、希望だった。
人生で、もう一度、新しいことに本気で熱中できる、
そういう日が来るとは、思っていなかった。
50代のあなたへ。
AIは、若い人のものではありません。
50歳で触り始めた人こそ、いちばん強い武器を手にできます。
なぜなら、私たちには、
AIには絶対に書けない、30年分の現場の記憶 があるからです。
その記憶と、AIを掛け合わせた瞬間、
50代は、もう一度、現場の主役に戻ります。
最初の3秒。
検索バーに「ChatGPT」と入れて、Enterを押すだけです。
それで、私のように、震えるかもしれません。
その震えが、人生後半の、たぶん、いちばん大事な合図です。

