「うちの商品、地元で安売りされている」と聞いた朝

伝統産業

「部長さん、うちの商品な、地元の店で、半額で売ってたわ」

職人さんが、そう言って、丸めた新聞のチラシを、私の机の上に、そっと置いた。

その朝、私は、自分の書いた事業計画書を、一回、破った。

チラシには、確かにうちの工房の商品が、載っていた。

正価の、ほぼ半額。

「在庫処分」と、赤い文字で、書いてあった。

私は、家業を継いで、三年目だった。

父が亡くなって、母と職人さんたちが残された工房を、なんとか立て直そうと、必死だった。

ECサイトを立ち上げ、SNSを動かし、全国の催事にも出した。

売上は、少しずつ、戻ってきていた。

数字だけ見れば、立て直しは、進んでいるはずだった。

でも、その朝のチラシで、私は、自分が何を見落としていたのか、思い知った。

職人さんは、何も言わなかった。

ただ、チラシを置いて、工房に戻っていった。

その背中が、何より、重かった。

「お前、いったい、何をやっとるんや」

そう言われた方が、まだ、楽だった。

母は、事務所の隅で、お茶を淹れていた。

私が、チラシをじっと見ているのに気づいて、湯のみを置きながら、ぽつりと、こう言った。

「お父さんなら、たぶん、卸さなかったやろね」

母は、それ以上、何も言わなかった。

でも、その一言が、いちばん、刺さった。

なぜ、こんなことになったのか。

私は、ECを始めた頃、「とにかく、売れる場所を増やす」ことしか、頭になかった。

ネット、催事、地元の小売、観光地の土産物店、ホテルのギフトショップ。

声がかかれば、ほとんど断らずに、卸した。

「販路は、多いほどいい」と、副業でやっていたAmazonの感覚で、信じ込んでいた。

物販の世界では、確かに、それで回ることもある。

でも、伝統産業の商品は、違った。

伝統工房の商品は、「物」を売っているようで、実は、「物語」と「信頼」を売っている。

正価で買ってくれた人が、別の店で半額になっているのを見たら、どう思うか。

「あの店で買ったのは、なんだったんだろう」

そう思われた瞬間に、ブランドは、静かに、崩れていく。

私は、それを、頭では分かっていたつもりだった。

でも、実際には、分かっていなかった。

正確に言うと、私が卸した先の、そのまた先で、商品が動いていた。

問屋を経由して、別の小売に流れ、そこで「処分品」として、安売りされていた。

契約書には、「定価販売を推奨」と、書いてあった。

「推奨」では、止まらなかった。

現場のリアルは、もっと、生々しかった。

地元の小売店の店主さんに、電話をした。

「なんで、こんな値段で売ってるんですか」と聞いたら、店主さんは、悪びれずに、こう言った。

「いやあ、置いといても動かんから、目玉商品にしてん。お宅の商品、地元では、もう古いやろ」

「古い」と、言われた。

百年以上、続いてきた工房の商品を、地元の人が、「古い」と言う。

しかも、それを目玉として、半額で出す。

それは、その店主さんが悪いというより、私が、その状況を、放置していた、ということだった。

父の代までは、地元の販路は、ごく狭く、深かった。

決まった小売店とだけ、長く付き合い、価格も、信頼で守られていた。

私は、その関係を、「古い」と思って、広げにいった。

広げたつもりが、薄めていた。

事業計画書には、「販路拡大」「売上前年比一二〇%」と、書いてあった。

破ったのは、その紙ではなく、自分の浅さだった。

そこから、半年かかった。

一軒ずつ、地元の小売店を、回り直した。

「定価販売の約束」を、改めて、交わしてもらった。

応じてくれない店には、申し訳ないけれど、卸を、止めさせてもらった。

売上は、いったん、落ちた。

でも、その半年で、職人さんの顔が、少しずつ、戻ってきた。

母も、また、お茶を淹れながら、昔の話を、してくれるようになった。

ここからが、AIの時代の話だ。

五十歳を過ぎて、私は、AIに触れた。

最初は、文章を書かせるだけだった。

でも、使い込むうちに、AIは、「売れる場所」を、瞬時に教えてくれる道具だと、分かった。

どのモールが伸びているか、どのキーワードが動いているか、どの層が反応しているか。

昔なら、半年かけて調べたことが、半日で、見えるようになった。

便利だ。

確かに、便利だ。

でも、私は、あのチラシのことを、忘れていない。

AIが「売れる場所」を、いくらでも提示してくれる時代だからこそ、

経営者が問われるのは、「売る場所」を増やす判断ではなく、

「売らない場所」を、決める判断だと、思う。

どこに置かないか。

どの問屋を、通さないか。

どのモールには、出さないか。

誰には、卸さないか。

この判断は、AIには、できない。

なぜなら、それは、数字ではなく、

職人さんの背中と、母の湯のみと、亡くなった父が「たぶん、卸さなかった」という、

その重さで、決めることだからだ。

販路を広げるのは、勇気がいる、と人は言う。

でも、本当に勇気がいるのは、

広げた販路を、自分の意思で、閉じることの方だ。

後継者の仕事は、たぶん、

「広げる」ことではなく、

「何を守るかを、決め直す」ことなのだと、今は思う。

明日、私は、もう一度、地元の小売店を、自分の足で、回ってみるつもりだ。

うちの商品が、今、どこに、どう、並んでいるのか。

値札の文字は、何号か。

棚の、どの位置にあるか。

埃を、かぶっていないか。

数字ではなく、自分の目で、確かめる。

たぶん、それが、AIに任せられない、

私の、いちばん大事な仕事だ。

あのチラシは、今も、私の机の引き出しに、入っている。

破った事業計画書と、一緒に。

時々、引き出しを開けて、見る。

「お父さんなら、たぶん、卸さなかったやろね」

母の、あの一言が、

私の、これからの値付けの、いちばん奥にある、定規になっている。

コメント

タイトルとURLをコピーしました