インフルエンサー施策で、3日で100万円が消えた話

物販・D2C

「これは絶対、当たる」

そう自分に言い聞かせて、押した送信ボタン。

3日後、私の口座から、100万円分の数字が、静かに消えていた。


本業は地方の老舗企業の人事責任者。

副業でAmazon物販を始めて、何年か経っていた頃の話だ。

ちょうど商品が伸び始めて、月商が見える景色を変えてきたタイミング。

「ここで一気にアクセルを踏めば、化ける」

そう信じていた。

選んだのは、フォロワー数十万人規模のインフルエンサー数名への一斉起用。

代理店からの提案。

スプレッドシートには、想定リーチ数、想定CVR、想定売上が、きれいに並んでいた。

数字を見ながら、自分でも電卓を叩いた。

「これは、いける」

そう思った。

思いたかった、のかもしれない。


結論から書く。

3日後、Amazonのセラーセントラルを開いて、私は固まった。

数字が、ほとんど動いていなかった。

正確に言えば、普段より少しだけ良い日が1日あって、それ以外は誤差レベル。

100万円を投じた効果として説明できる変化は、どこにもなかった。

最初は信じられなくて、何度もページを更新した。

「タイムラグかもしれない」

「Amazonのデータ反映が遅れているだけかもしれない」

そう自分をなだめながら、1週間待った。

何も起きなかった。


なぜ、そうなったのか。

冷静になってから、自分なりに3つの原因を書き出した。

ひとつ目は、商品とフォロワー層のズレ。

私の商品は、どちらかというと落ち着いた年齢層に刺さるタイプだった。

なのに私が起用したインフルエンサーのフォロワーは、ずっと若い層が中心だった。

数字の上では「リーチが大きい」ように見えた。

でも、リーチした人の中に、私の商品を欲しがる人はほとんどいなかった。

考えてみれば当たり前なのに、当時はそれが見えなかった。

「数十万人にリーチする」という言葉の響きに、自分の判断が引っ張られていた。

ふたつ目は、タイミングの噛み合わなさ。

インフルエンサー側の投稿日と、私の在庫・広告・ページ改善のタイミングが、ぜんぜん揃っていなかった。

投稿された日、Amazon側のページは普段のまま。

レビュー数も画像も、特別な準備をしていなかった。

仮に「気になる」と思って訪れた人がいたとしても、購入の最後のひと押しがどこにもなかった。

これは100%、私の準備不足だった。

みっつ目は、改善する時間がなかったこと。

インフルエンサー施策は、一回打って終わり。

うまくいかなかったときに、何が悪かったのかを切り分けるデータが残らない。

広告運用なら、クリエイティブを差し替えたり、ターゲットを絞り直したりできる。

でも、インフルエンサー起用は「打ち上げ花火」だ。

打って、消える。

それで100万円。


一番こたえたのは、お金が消えたこと、ではなかった。

「自分は数字を見て判断したつもりだった」

その自分への信頼が、揺らいだことだった。

本業で22年、人を採用してきた。

面接で2000人は見てきた。

「数字に振り回されず、人の本質を見る」と、若い人事に偉そうに教えていた。

なのに自分は、「フォロワー数」というたった一つの数字に、判断を預けてしまった。

夜中にひとり、パソコンの前で頭を抱えた。

家族には言えなかった。

副業の利益から出した金ではあったけれど、家計とつながっていない金ではない。

数日、味のしない食事が続いた。


ここ最近、AIで広告効果を事前に予測できるようになってきた。

私もClaudeやChatGPTに、商品ページや想定ターゲットを入れて、シミュレーションをさせる。

精度は、年々上がっている。

正直、当時これがあれば、あの100万円は使わなかったかもしれない。

——と、思う。

でも、本当だろうか。

最近、自分にそう問い直すようになった。

AIが「この施策はおすすめしません」と返してきたとして、当時の私はそれを受け入れただろうか。

たぶん、受け入れなかった。

「AIは保守的すぎる」「自分の商品の良さをわかっていない」

そう言って、押し切った気がする。

判断を曇らせていたのは、データの不足じゃなかった。

「当てたい」「ここで一気に伸ばしたい」という、自分の欲だった。

AIがどれだけ賢くなっても、その欲の方は、たぶん消えない。

むしろ、AIが「いける可能性は20%あります」と言ったら、その20%にすがってしまうのが人間だ。

道具が賢くなることと、自分の判断が賢くなることは、別の話だと思う。


あの失敗のあと、私は自分なりに小さなルールを作った。

大きな金額を動かす前に、紙に書くことが3つある。

ひとつ。

「今、自分は焦っているか」

ふたつ。

「この判断は、誰かに見せたいから下しているのか」

みっつ。

「うまくいかなかったとき、何が学べる設計になっているか」

特に三つ目は、自分の中で大きく変わったところだ。

打ち上げ花火型の施策には、もう手を出さない。

少額で試す、データを見る、また少額で試す。

地味だ。

派手な売上は出にくい。

でも、口座から100万円が3日で消える夜は、もう来ない。


「損は授業料だ」とは、書きたくない。

そんなにきれいな話じゃない。

100万円は今でも惜しいし、当時の判断を思い出すと、いまだに胃のあたりが重くなる。

ただ、ひとつだけ言えるとしたら——

数字を信じる前に、自分の何が動いているかを見る。

これだけは、あの夜のおかげで、身体に刻まれた。

経営も、副業も、人事も、たぶん同じだ。

数字は嘘をつかない、とよく言う。

でも、数字を読む自分の方は、わりと簡単に嘘をつく。

そこに気づけたなら、100万円は——

いや、やっぱり高い。

高いけれど、ゼロではなかった。

そう思える日が、最近ようやく、少しずつ増えてきた。

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