「これじゃない」
職人さんは、そう言って、デザイン案を、静かに机に置いた。
私は、3回、その言葉を聞くことになる。
冬の朝だった。
熊野の工房は、石油ストーブの匂いがして、窓ガラスは内側から白く曇っていた。
机の上には、デザイナーが作ってくれた3案。
どれも、ECで売るには、いい線をいっていた。
紺と金のクラシック路線。
白とくすみピンクの今っぽい路線。
そして、海外向けに振った、黒地に箔押しの一点。
私は、自信があった。
Amazonでこの数年、何が売れて、何が滑るか、嫌というほど見てきたからだ。
レビューの文面、サムネのクリック率、棚落ちの速さ。
データは、私の側にあった。
職人さんは、80歳近い。
筆を作って60年を超える人だ。
3案を、ゆっくり並べ替えた。
それから、1枚ずつ、手のひらで、表面を、撫でた。
紙の手触りを、確かめるみたいに。
そして、最初の一言が来た。
「これじゃない」
正直、最初は、カチンと来た。
なんでこれじゃないのか、説明もない。
理由を聞いても、職人さんは、しばらく黙って、
「うーん、これじゃないんよ」
としか言わない。
私は、心の中で思った。
(売り場、見てないでしょう)
(今のEC、こういうトーンが伸びてるんですよ)
(データ、お見せしましょうか)
数字を握っているのは、こっちだ、と思っていた。
2回目は、年が明けてからだった。
デザイナーに頼み直し、職人さんの工房の写真を入れた案を、3つ作った。
竹かごをモチーフにした版。
職人さんの手元のシルエットを使った版。
紙を変えて、和紙の質感を強く出した版。
今度こそ通る、と思っていた。
職人さんは、また、ゆっくり並べ替えた。
そして、和紙の版を、指で、コン、と叩いた。
「これは、紙が、嘘ついとる」
それだけ言って、首を振った。
紙が嘘をついている、という言葉の意味が、その場ではわからなかった。
帰り道、車の中で、ハンドルを叩いた。
何が悪いのか、教えてほしい、と思った。
教えてくれない人と、仕事をしているつもりはなかった。
3回目の前に、一晩、考えた。
ホテルに泊まって、湯船の中で、ずっと考えていた。
職人さんは、何を見ているのか。
商品ではない。
売り場でもない。
たぶん、商品の、出自を、見ている。
この筆は、どこの山の、誰が刈った穂を使って、誰の手で、どの季節に、束ねられたか。
その経歴に、ふさわしい紙か。
その経歴に、ふさわしいインクの沈み方か。
職人さんが見ていたのは、「売れるか」ではなくて、
「うちの子と認められるか」だった。
商品の尊厳、というやつだ。
ECの世界で、私はずっと、
クリック率と、転換率と、レビューの星の数を見てきた。
それは間違っていない。
数字を見ない人は、簡単に潰れる。
でも、数字だけを見る人もまた、
どこかで、自分が何を売っているのか、わからなくなる。
熊野筆は、Amazonのカートに入る前に、
60年の手の中を、通ってきている。
その時間を、紙の表面が、裏切ってはいけなかった。
3回目の案は、デザイナーに事情を全部話して、
「売れそうな案は、もう要りません」
と頭を下げて作り直してもらった。
紙は、地元の手漉き和紙に寄せた。
インクは、墨に近い、深い藍にした。
ロゴは、思い切り小さくした。
色気のない、地味な、けれど、手のひらに馴染む箱になった。
職人さんの前に、1案だけ、置いた。
職人さんは、また、表面を撫でた。
長く、撫でた。
それから、ふっと、笑った。
「これは、うちの子じゃな」
私は、椅子から立ち上がって、
「ありがとうございます。3回も、すみませんでした」
と頭を下げた。
悔しさは、もう、なかった。
ただ、自分が、何を売る人間になりたいのか、
少しだけ、わかった気がした。
このパッケージは、よく売れた。
派手な案より、地味なほうが、結果として売れた、ということではない。
そういう武勇伝にする気はない。
派手なほうが売れる商品も、たくさんある。
ただ、熊野筆という、この、特定の商品においては、
職人さんの目を通ったものだけが、
長く、棚に残る商品になった、というだけの話だ。
ここから、AIの話をしたい。
今、私が同じ仕事をやり直すなら、
ChatGPTやClaudeに、何十案も出してもらうだろう。
数時間で、デザイナーが1ヶ月かかった量を、超える。
「売れそうな案」は、無限に、速く、安く、手に入る時代になった。
正直、便利だ。
A/Bテストの素案も、コピーの叩きも、ターゲット別の打ち分けも、
ボタンひとつで出てくる。
だからこそ、怖いことが、ひとつある。
「3回突き返してくれる人」が、いなくなる、ということだ。
AIは、たぶん、
「これじゃない」とは、言ってくれない。
正確には、こちらが頼めば、ダメ出しもしてくれる。
でも、それは、こちらが頼んだ範囲のダメ出しだ。
商品の出自や、職人の60年や、紙が嘘をついているかどうかは、
データには、載っていない。
数字の外側に、まだ、判断は残っている。
その判断を、誰がするのか。
ここが、これからの中小企業の、いちばん大事なところだと思う。
地方の老舗で、ブランドをつくる仕事をしている人へ。
AIを使うな、という話ではない。
私は、毎日、使っている。
新人の研修資料も、Amazonの商品ページも、
下書きは全部、AIに作らせている。
そのほうが、速い。
ただ、最後に、
「これは、うちの子か」
と聞いてくれる人を、社内に、ひとりは残しておいてほしい。
それは、職人さんでもいい。
ベテランの女将でもいい。
工場の班長でもいい。
肩書きはなんでもいい。
「売れる」より先に、「うちのもの」と言える基準を持っている人。
その人の沈黙の数秒は、
これから、ますます、値段がつかないくらい、高くなる。
AIが速くなるほど、
3回突き返してくれる人の価値は、上がる。
私は、そう思っている。
あの冬、ハンドルを叩いた自分に、
今なら、こう言える。
「教えてくれない人と、仕事をしているんじゃない。
教えられないものを、預けてくれている人と、仕事をしているんだ」
熊野の工房は、今日も、石油ストーブの匂いがするはずだ。
窓ガラスは、内側から、白く曇っているはずだ。
その机の上に、AIが出した「正解」を、ぽんと置ける日が、
いつか来るかもしれない。
そのとき、職人さんが、
ふっと笑って、
「これは、うちの子じゃな」
と言ってくれたら、
私たちは、たぶん、まだ、いい仕事を、続けられている。


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