AIが「合格」と判定した候補者と、面接室で初めて会った。
3秒見て、こちらの胸がざわついた。
数字には出ない、その3秒のことを、書いておきたい。
うちの会社は地方の老舗で、社員300人。
ホテルや冠婚葬祭をやっている、いわゆるサービス業だ。
ここ数年、私は社内の人事業務をどんどんAI化してきた。
書類選考、適性検査の解釈、評価のドラフト、退職予兆の分析。
最初は半信半疑だったが、やってみると、想像以上に正確だった。
正直に言うと、私が20年かけて磨いてきた選考眼と、ほぼ互角だ。
それどころか、見落としを拾ってくれる場面も増えた。
ありがたい話だ。
業務はラクになった。
会議も短くなった。
数字も整った。
——でも、ここからが本題で。
AI化が進めば進むほど、自分の仕事の重心が、不思議な場所に移っていった。
数字に出ないものを拾うこと。
これしか、もう人間の出番がない、と気づいた。
そして、ここが一番伝えたいことなのだが。
AIが進化すればするほど、人事担当者の「肌感」は、安くなるどころか、むしろ高騰している。
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採用AIが「合格」と返してきた候補者がいた。
経歴も整っている。
筆記試験も上位。
性格診断も、うちの社風と合う、と出た。
データ上は、文句のつけようがない。
面接室に呼んで、椅子に座ってもらった瞬間、私は背中がひやりとした。
うまく言えない。
目線が、こちらを見ていないのに、見ている。
笑顔がきれいすぎる。
椅子の座り方が、なんというか、お客様としての座り方だった。
20年、サービス業の現場で人を見てきた人間の、ただの違和感だ。
理屈にはならない。
合否会議で、「データはAが、私はBに近い」と伝えたら、若手から「根拠は何ですか」と聞かれた。
根拠は、ない。
ただ、過去にこの座り方の人を3人採って、3人とも1年以内に辞めている、とだけ言った。
結局その候補者は採用見送りになった。
半年後、別の会社で、似たトラブルを起こして辞めた、という話が業界内で流れてきた。
私の肌感が正しかった、と威張りたいわけではない。
ただ、AIが拾えなかった3秒があった、というだけの話だ。
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退職予兆AIも、うちは導入している。
勤怠、残業、メールの返信時間、社内チャットの活発度。
そういうものから、辞めそうな人を赤信号で出してくれる。
これも、よく当たる。
ただ、よく当たるからこそ、こんなことに気づいてしまった。
赤信号が出る2週間前に、私はもう、廊下でその人と気づいている。
すれ違うときの、目の合わせ方が変わる。
「お疲れさまです」の声のトーンが、半音下がる。
朝、エレベーターで一緒になっても、スマホを見る角度が違う。
給湯室で背中越しに聞こえてくる笑い声に、その人だけ混ざらない週がある。
データに出るより、ずっと早く、現場の空気は変わっている。
AIが赤信号を出した頃には、もう本人の腹は決まっている。
そこからの面談は、引き止めではなく、見送りの作法になる。
赤信号が出る前の、あの廊下の2週間に、どれだけ気づけるか。
人事の仕事は、もうほぼ、ここに寄っている。
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たぶん、これからもっと、こうなる。
書類選考はAIで十分だ。
評価のドラフトもAIで十分だ。
労務の相談一次対応も、就業規則の検索も、AIが秒で返す。
私が新人だった頃に1日かけてやっていた仕事は、今は3分で終わる。
経営者から見れば、人事の頭数は減らせる、という話になる。
実際、減らしている会社も知っている。
ただ、減らした会社のあとを聞くと、ほぼ例外なく、現場の温度が落ちている。
数字は綺麗だが、人が、しんとしている。
辞める人は、辞表を出すずっと前に辞めている。
採る人は、入社初日に半分降りている。
そういうことに、誰も気づけなくなる。
AIは、起きたことの分析は得意だ。
起きる前の気配は、まだ拾えない。
少なくとも、今のところは。
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だから、若い人事担当者に、私はこう言うようにしている。
AIに任せられる仕事は、全部任せていい。
罪悪感を持たなくていい。
ラクをした分の時間で、現場を歩いてほしい、と。
朝、フロントの前を通るとき、立ち止まる3秒。
昼、給湯室の前を通るとき、立ち止まる3秒。
夕方、バックヤードの灯りを見るとき、立ち止まる3秒。
それだけで、見えるものが全然違う。
その3秒を、エクセルで管理することはできない。
KPIにもできない。
評価項目にも書けない。
でも、その3秒を持っている人が、結局、一番離職を防いでいる。
一番、いい採用をしている。
一番、現場から信頼されている。
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正直に言えば、私自身、AIに仕事を奪われるのではないかと、最初は身構えていた。
50歳でChatGPTに触れたときは、これは負けるかもしれない、と思った。
でも、5年使ってわかったのは、逆だった。
AIは、私を、人事の本来の仕事に戻してくれた。
紙とハンコと集計から、人と空気に戻してくれた。
書類の山から顔を上げて、ようやく廊下を歩けるようになった。
廊下を歩いているうちに、見えるものがある。
それを見るために、22年やってきたんじゃないか、と最近よく思う。
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明日、出社したら、ひとつだけ試してほしいことがある。
いつも素通りしている廊下のどこかで、3秒だけ立ち止まってほしい。
聞こえてくる声のトーン。
すれ違う人の目線の高さ。
笑い声に混ざっていない人。
——たぶん、何かが見える。
AIがどれだけ進化しても、その3秒の景色だけは、まだ人間にしか見えない。
そして、その景色を見ている人事担当者の価値は、これからもっと、上がっていく。
私はそう信じている。


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