面接の最後に、私はいつも同じことを聞く。
「最後に、何か質問はありますか」
この一問で、だいたい分かる。
答える側だと思っていた人が、急に黙る。
「特にありません」
そう言われた回数を、私はもう数えていない。
22年、人事をやってきた。
面接した人は2,000人を超えた。
ずっと採用基準を考えてきたつもりだった。
それが、ここ2年で、根っこから揺れている。
きっかけは、50歳でChatGPTに触れたことだった。
最初は、便利な道具だと思った。
文章を直してくれる。
調べ物が速い。
それだけのつもりだった。
でも、使い込むうちに、おかしなことに気づいた。
同じAIに、同じテーマを聞いているのに、返ってくる答えの質が、人によって違うのだ。
うちの若手に「来季の採用計画、AIに相談してみて」と頼んだ。
ひとりは、こう打ち込んだ。
「採用計画を作ってください」
返ってきたのは、どこかで読んだような、当たり障りのない一般論だった。
もうひとりは、こう打ち込んだ。
「うちは地方のサービス業で、3年で半分辞める。辞める人は入社1年目に集中している。これは採用の問題か、定着の問題か。判断するために、どんなデータを先に見るべきか」
返ってきた答えは、まるで別物だった。
考える材料になった。
AIは同じだった。
違ったのは、問いだった。
雑な問いからは、雑な答えしか返らない。
深い問いからは、深い答えが返る。
当たり前のことだ。
でも、その当たり前が、人の値打ちをそのまま映していた。
答えを出すのは、もうAIの仕事になった。
知識の量で勝負する時代は、静かに終わった。
「物知り」は、検索窓に勝てない。
「処理が速い」は、機械に勝てない。
では、人に残るものは何か。
私はそれを、「問いを立てる力」だと思っている。
ただ、こう書くと、すぐ抽象論になる。
「これからは問う力が大事です」
そんな研修のスライドみたいな話をしたいわけじゃない。
私が言いたいのは、もっと泥くさい話だ。
面接室のドアが開いて、相手が入ってくる、最初の数分。
最近の若い人は、よく準備してくる。
志望動機は、よどみない。
自己PRも、整っている。
正直、昔より上手い。
たぶん、AIで何度も練習してきている。
でも、話を聞きながら、私はだんだん不安になることがある。
答えは速い。
なのに、その人の「問い」が、一個も見えてこない。
うちの会社に対して、何ひとつ引っかかっていない。
疑問もない。
違和感もない。
ただ、用意した答えを、正確に出している。
採点者としては、点はつけやすい。
でも、一緒に働く相手として見ると、ぞっとする。
この人は、答えのない問題が来たとき、止まる。
逆のタイプもいる。
話し方はぎこちない。
言葉に詰まる。
それでも、こう言う。
「御社の求人を見て、ひとつ分からなかったことがあって」
「ホテル部門と冠婚葬祭部門で、求める人物像が同じ言葉で書いてあったんですが、本当に同じなんですか」
うまくない。
緊張で声も小さい。
でも、その人は、こちらの出した情報を、ちゃんと自分の頭で疑っている。
私は、後者を採る。
何度も、後者で間違わなかった。
答えが流暢な人より、自分の問いを持っている人のほうが、現場で伸びた。
これは、きれいごとではなく、結果として、そうだった。
なぜ、こうなるのか。
答えを出す訓練は、学校で散々やってきている。
正解のある問題を、速く、正確に解く。
その筋肉は、みんな鍛えられている。
でも、「問いを立てる」訓練を、誰も受けていない。
問いは、教わるものではないからだ。
問いは、現場で「あれ?」と思った回数からしか生まれない。
毎日の仕事の中で、小さな違和感に気づく。
「この手続き、なんで二重にやってるんだろう」
「このお客様、本当はこれを求めてるんじゃないか」
その違和感を、流さずに持ち続けた人だけが、いい問いを立てられるようになる。
逆に、違和感を「そういうものだ」と飲み込んできた人は、何年たっても問いが出てこない。
経験年数の問題ではない。
ベテランでも、問いを失った人はいる。
若くても、問いの鋭い人はいる。
差がつくのは、現場で違和感を持ち続けたかどうか、それだけだ。
ここに、少しだけ希望がある。
問いを立てる力は、生まれつきの才能ではない。
頭の良さでもない。
「気づいたことを、流さない」
それを、明日からでも始められる。
特別なことはいらない。
私自身、50歳を過ぎてからAIに触れて、最初は答えを出させることばかり考えていた。
問いの質が自分の質だと気づいたのは、ずっと後だった。
遅くても、変われた。
だから、若い人にも、ベテランにも言える。
まだ間に合う。
採用の話に戻る。
これから人を見るとき、私は履歴書の資格欄を、前ほど見なくなった。
代わりに、こう聞くようになった。
「最近の仕事で、『これ、おかしいな』と思ったことはありますか」
その一問に、その人の問いの力が出る。
スラスラ答える必要はない。
詰まってもいい。
ただ、現場で何かに引っかかった経験が、ひとつでもあるか。
それを聞いている。
最後に、ひとつだけ提案したい。
明日、仕事で何かに迷ったとき。
すぐにAIに「答え」を聞かないでほしい。
その前に、一度だけ、自分の問いを疑ってみてほしい。
「自分は今、正しいことを聞こうとしているか」
「そもそも、この問いでいいのか」
答えを探す前に、問いを疑う。
たった、それだけの習慣だ。
でも、その習慣を持つ人と、持たない人で、これから先、差はどんどん開いていく。
AIは、いい問いには、いい答えを返してくれる。
答えを出す側に立ち続けるより、いい問いを出せる人になること。
それが、これからの、いちばん確かな武器になる。

