夕方5時半。
書類を出しに来た、退職予定の若手が、なぜか、ふと立ち止まった。
「私、ちょっと、いいですか」——上司には言わなかった話を、彼は、ここで初めて、話した。
こういうことが、22年で、何回あっただろう。
数えたわけではない。
ただ、退職挨拶の最後の立ち寄り先が、なぜか総務部、というのは、私の組織だけの話ではないと思う。
人事の方なら、たぶん、わかってくれる。
辞める日、本人は、まず直属の上司のところに行く。
「お世話になりました」と頭を下げる。
部長のところにも行く。
社長のところにも、形式上、顔を出す。
そして、最後に。
総務に、来るのだ。
退職届の受領印を押すため、というのは、表向きの理由で。
押し終わったあとも、5分か、10分か、机の横に立っている。
帰ろうとして、帰らない。
「あの、私、ちょっと、話していいですか」
そこから、堰を切ったように、話し始める若手を、私は何度も見てきた。
最初は、なぜなのか、わからなかった。
40代の頃は、正直、面倒くさいな、と思ったこともある。
辞める人の話を聞いてどうする、と。
でも、50を過ぎたあたりから、わかってきた。
彼らは、上司に言いたかったことを、ずっと、呑み込んできたのだ。
会議で否定された日の悔しさ。
評価面談で「君はもう少し頑張れる」と言われた、その「もう少し」の中身を、ずっと知りたかったこと。
新人歓迎会で先輩から言われた、何気ない一言が、3年経っても抜けないこと。
辞めると決まって、もう、関係が切れる、というその瞬間に。
ようやく、口が動くのだ。
呑み込んできた言葉は、消えない。
人事をやっていると、それが、ほんとうによくわかる。
呑み込んだ言葉は、本人の中で、ずっと、低い温度で、燻り続けている。
そして、それを、誰に話すか。
直属の上司には、話せない。
直属の上司の上司にも、話せない。
同期にも、もう、話さない。
なぜなら、同期は、まだ、その組織で働き続けるから。
辞める自分の愚痴は、同期の未来に、要らない荷物になる、と、若い人ほど、わかっている。
では、誰に話すのか。
総務部、なのだ。
総務は、組織と個人の、ちょうど、通り道に立っている。
評価をつけない。
人事配置の決定権も、現場ほどには、持たない。
利害関係が、薄い。
そして、辞めるという書類は、必ず、ここを通る。
彼らは、最後に「ちゃんと話せる相手」を、無意識に選んでいるのだと思う。
利害がなく、組織の言葉を知っていて、人事の言葉も知っていて、自分の話を、否定も肯定もせず、ただ、聞いてくれる相手。
それが、たまたま、総務部だった、というだけの話で。
でも、これは、すごく、大事な機能だと思う。
ある若手が、机の横で、こう言ったことがある。
「上司に伝えても、たぶん、伝わらない、と思って、ずっと、言えませんでした」
「でも、誰かに、一回、言っておきたかったんです」
「言わずに辞めたら、なんか、自分が、消えていくみたいで」
この言葉が、ずっと、私の中に、残っている。
人は、辞めるときでさえ、「自分は、ここにいた」という証を、誰かに、聞いてほしいのだ。
そして、その「誰か」が、組織の中に、ちゃんといるかどうか。
これが、たぶん、組織の体力を決めている。
最近、AIの話を、よく、される。
人事の業務も、いずれ、かなりの部分が自動化される、と。
採用のスクリーニングも、評価データの分析も、退職予兆の検知も、たしかに、AIのほうが早い。
私自身、50歳でChatGPTに触れてから、毎日のように使っている。
便利だ。
ほんとうに、便利だ。
ただ。
辞める日、夕方5時半に、書類を出しに来た若手が、ふと立ち止まって、5分話して帰る——
あの5分を、AIが、引き受けられるか、というと。
私は、無理だと思っている。
正確に言うと、技術的には、できるのかもしれない。
でも、彼らは、AIに話したいわけでは、ないのだ。
「自分の話を、ちゃんと、聞いてくれた人間が、組織の中に、一人、いた」
その記憶を、持って、辞めていきたい。
その記憶があるかないかで、辞めたあとの、その人の、元の会社への気持ちが、まったく、変わる。
数年後、取引先で再会したときに、笑って話せるか。
「いい会社でしたよ」と、誰かに言ってくれるか。
それは、最後の5分で、決まっている。
だから、AI時代こそ。
組織には、「総務的な存在」が、要る、と私は思っている。
肩書の話を、しているのではない。
総務部に所属していなくても、いい。
評価権を持たず、利害が薄く、組織の言葉と個人の言葉を、両方、わかっていて、辞める人の話を、否定せず、ただ、聞ける人。
そういう人を、組織の中で、ちゃんと、見つけておく。
そして、その人を、消耗品扱いしない。
地味な仕事だから、と、軽く扱わない。
経営者の方に、特に、お願いしたいのは、そこだ。
総務の人間は、目立たない。
数字も、上げない。
でも、辞めていった若手が、最後に立ち寄った場所であり、組織の温度を、いちばん低いところで、測り続けている人たちだ。
その人を、大事にしてください。
異動で動かす前に、一度、考えてあげてほしい。
「この人がいなくなったら、最後の5分は、どこに、流れていくだろう」と。
私は、今夜も、たぶん、誰かの最後の5分を、聞く。
それは、人事の仕事の中で、いちばん、報われない部類の時間かもしれない。
でも、私は、これを、22年やってきて、後悔したことが、一度もない。
辞めていった彼らが、数年後、街で会ったときに、「あのとき、聞いてもらって、助かりました」と言ってくれることが、たまにある。
それで、もう、十分なのだ。
あなたの会社にも、きっと、いる。
辞める人が、最後に、立ち寄りたくなる人。
その人を、明日、ちょっとだけ、ねぎらってみてください。
組織の体力は、たぶん、そういう、小さなところに、宿っている。


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