ある月、☆1のレビューが、立て続けに、10件、ついた。
文章の癖が、明らかに、同じだった。
その月、私は、本当に、眠れなかった。
副業でAmazon物販をやっていた頃の話だ。
商品ページが、ようやく安定してきて、月の売上が伸び始めた、その矢先だった。
朝、いつものように管理画面を開いたら、☆1のレビューが、前日だけで3件、ついていた。
文面を読んだ瞬間に、わかった。
「使い物にならない」
「すぐ壊れた」
「最悪です」
短い。
主語がない。
そして、何より、3件とも、句読点の打ち方が、同じだった。
そこから1ヶ月、☆1は、合計で10件を超えた。
全部、同じ匂いがした。
買った形跡のないアカウント。
レビュー履歴を見ると、同じカテゴリの、私の競合の商品ばかりに、☆5をつけていた。
ああ、これは、攻撃されているんだ、と、理解した。
理解してしまったら、もう、止まらなかった。
最初は、怒りだった。
「ふざけるな」と、深夜のリビングで、声に出してつぶやいた。
次は、悔しさだった。
何ヶ月もかけて積み上げてきた、★4.5の平均評価が、みるみる下がっていく。
数字が下がるたびに、検索順位も落ちる。
順位が落ちれば、売上が落ちる。
売上が落ちれば、また順位が落ちる。
その悪循環の入口に、自分が立たされていることが、わかった。
そして、最後に来たのは、無力感だった。
通報のフォームから、証拠を添えて、何度も送った。
「不自然なレビューが集中している」
「文章の癖が酷似している」
「購入履歴がない」
返ってくるのは、定型文だった。
「ご報告ありがとうございます。調査のうえ、対応いたします」
その「調査のうえ」が、いつまで経っても、終わらない。
問題は、夜だった。
布団に入ると、目を閉じても、頭の中で、☆1の文面が、勝手に再生される。
「最悪です」
「すぐ壊れた」
文字が、瞼の裏に、こびりついて、離れない。
2時に目が覚める。
スマホを開く。
新しい☆1が、ついている。
心臓が、ドクン、と鳴る。
そこから朝までは、もう、眠れない。
一番、情けなかったのは、昼間だった。
私は、本業では、地方の老舗企業の人事責任者をしている。
朝、会議室に座って、部下の話を聞いている。
聞いているフリを、している。
頭の半分は、「あのレビューに、なんて返信するか」を、考えている。
「ご不便をおかけし申し訳ございません」から始めるか。
それとも、堂々と、「該当の事実はありません」と書くか。
会議で誰かに名前を呼ばれて、ハッとする。
「すみません、もう一度、お願いします」
そんな自分が、心底、嫌だった。
副業を、本業に持ち込んではいけない。
それは、自分に課したルールだった。
そのルールが、レビュー攻撃の前で、簡単に、崩れた。
22年、人事をやってきて、私は、追い込まれた人間の顔を、たぶん2000人以上、見てきた。
その「追い込まれた顔」が、ある朝、鏡の中にいた。
クマが、ひどかった。
結局、その月の終わり頃、通報のいくつかが、認められた。
不自然な☆1は、削除された。
平均評価も、少しずつ、戻っていった。
でも、戻らなかったものが、ある。
その1ヶ月で、私が失った睡眠時間と、すり減らした神経は、もう、戻ってこない。
売上の数字は、3ヶ月くらいで回復した。
私の精神は、半年、引きずった。
最近、AIで不自然なレビューを検知する仕組みが、ずいぶん発達した、と聞く。
文章のパターン、投稿時間の偏り、アカウントの履歴。
機械が、人間より、はるかに早く、はるかに正確に、「これは怪しい」と判定できる時代になった。
それは、本当に、ありがたいことだと思う。
あの頃に、その技術があれば、と、何度も思った。
でも、たぶん、AIがどれだけ進化しても、変わらないものが、ある。
それは、「攻撃された側の、眠れなさ」だ。
不自然なレビューが、自動で検知されて、24時間以内に削除されるようになっても。
最初にそれを見つけた瞬間の、心臓の音は、変わらない。
布団の中で、☆1の文面が再生される、あの感覚は、変わらない。
会議中に、頭の半分が、そっちに持っていかれてしまう、あの情けなさは、変わらない。
機械は、レビューを消せる。
でも、消されるまでの数日、あるいは数週間、攻撃された側の人間の中で起きていることまでは、機械には、消せない。
私が、あの1ヶ月で学んだのは、そこだった。
物販の世界では、よく「メンタルが強い人が勝つ」と言われる。
私は、その言葉が、ずっと、嫌いだった。
メンタルが強い、弱い、で片付けてしまうと、本当に苦しんでいる人が、「自分は弱いから駄目なんだ」と、二重に追い込まれる。
違う、と思う。
攻撃されて、眠れなくなるのは、当たり前なんだ。
そこに、自分の積み上げた商品があり、自分の生活があり、自分の家族の顔がある。
それを、見ず知らずの誰かに、理不尽に削られている。
眠れないのは、正常な反応だ。
もし今、同じ状況にいる人がいたら、伝えたいことが、ひとつだけある。
眠れないのは、あなたが弱いからではない。
それだけ、真剣に、その商品と、その商売に、向き合ってきたからだ。
向き合っていない人は、☆1が10個ついても、眠れる。
眠れないあなたの方が、ずっと、まともだ。
通報は、淡々と、繰り返してほしい。
証拠は、感情を抜いて、並べてほしい。
そして、夜、どうしても眠れない時は、管理画面を、閉じてほしい。
朝になっても、☆1の数は、たぶん、そんなには変わらない。
でも、あなたの体力は、夜の間に、少しだけ、戻る。
戻った体力で、もう一度、淡々と、通報のボタンを押す。
それの繰り返しだ。
あの1ヶ月を越えたあと、私は、ひとつ、わかったことがある。
商売を続けていく、ということは、攻撃されない方法を探すことではなくて、攻撃された夜に、それでも朝、また管理画面を開ける、その回復力を育てていくことなんだ、と。
AIは、レビューを消してくれる。
でも、朝、もう一度、管理画面を開く力は、私たち自身の中にしか、ない。
その力は、眠れなかった夜の数だけ、たぶん、少しずつ、太くなっていく。
そう信じている。


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