タクシーで「お客さんお仕事は?」と聞かれて、答えに詰まった50歳

日常と仕事

「お客さん、お仕事、何されてるんですか」

3秒、答えられなかった。

50年生きてきて、自分の仕事を、いま一言で言えなくなっていた。

ある出張の帰り、夜のタクシーの中だった。

運転手さんは、たぶん、何の気もなしに話を振っただけだ。

ラジオが小さく鳴っていて、メーターの数字だけが赤く光っていた。

外は雨上がりで、フロントガラスにネオンの色が滲んでいた。

「お仕事、何されてるんですか」

普通の質問だ。

雑談の入り口として、これ以上ない普通の質問だった。

なのに、口がうまく動かなかった。

会社名は言える。

地元の老舗で、サービス業をやっている、と言えばいい。

役職も言える。

総務部長で、人事をやっています、と言えばいい。

実際、2秒後にはそう答えた。

「あー、地元のサービス業で、人事をやってます」

運転手さんは「立派な仕事ですねえ」と笑った。

私は、笑い返した。

笑い返しながら、心の中で別のことを考えていた。

——それで、合ってるのか?と。

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何が引っかかったのか、しばらく分からなかった。

肩書きを答えるのは、いつもやっている。

名刺を出すときも、銀行の窓口でも、年賀状でも。

総務部長。人事責任者。

22年以上、同じ会社で人事をやってきた。

面接した人間は、たぶん2,000人を超える。

採った人、落とした人、辞めていった人。

ひとりずつ、まだ顔を覚えている人もいる。

だから、肩書きが嘘なわけじゃない。

ちゃんと働いてきたつもりだ。

それでも、「お仕事は?」と聞かれた夜、3秒詰まった。

人事ですとも、総務部長ですとも、自分の仕事の手触りとはどうもズレている気がしたのだ。

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なぜ詰まったのか。

ひとつ思い当たることがある。

50代に入ってから、肩書きと自分のあいだに、薄い隙間ができている。

20代のときは、肩書きなんて何もなかった。

ただ「働いている人」だった。

30代、40代と上がって、役職がついて、部下が増えて、決裁の判子が重くなった。

そのあいだは、肩書きと自分が、ほぼ同じだった気がする。

会社で求められる役を演じることと、自分が生きることが、そんなにズレていなかった。

ところが50代になってから、ふと、その2つがズレ始めた。

部長として判断する自分と、夜にひとりで風呂に入っている自分。

会議で正論を言う自分と、別居中の妻のことを思い出す自分。

人事として若手に「キャリアを考えろ」と言う自分と、自分のキャリアの先がもう短い自分。

別人とまでは言わない。

でも、ぴったり重なってもいない。

その隙間が、タクシーの後部座席で、急に顔を出したのだと思う。

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会社で見てきた現場のことも、関係がある気がする。

人事をやっていると、いろんな辞め方を見る。

定年で穏やかに送り出される人もいれば、うまくいかずに辞める人もいる。

定年退職した先輩が、半年後に飲み会で会うと、別人みたいになっていることがある。

肩書きが消えて、何を話せばいいか分からなくなっている。

「いやー、いまは家にいるだけだから」と笑うけれど、目は笑っていない。

逆に、現場の若い社員で、肩書きも何もないのに、妙に肚が据わっている子もいる。

「自分は接客が向いてるから、ずっと現場でいいです」と、はっきり言う。

私は、その子のほうが、よっぽど自分の仕事を一言で言えていると思った。

肩書きで仕事を語れるのは、肩書きがあるあいだだけだ。

私はそれを知っていたはずなのに、自分自身では用意できていなかった。

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AIの話も、少しだけ書いておきたい。

50を過ぎてから、ChatGPTやClaudeを毎日触っている。

業務にも、個人的な思考の整理にも、よく使っている。

そのAIに、ふざけて聞いてみたことがある。

「あなたから見て、私の仕事は何ですか」と。

AIは丁寧に答えた。

会社名と、役職と、これまでに私が話した業務内容を、きれいに要約してくれた。

正しい答えだった。

でも、それは私がプロフィールとして入力したものを、整えて返しているだけだった。

つまり、AIに聞いても、出てくるのは「肩書きの言い換え」でしかない。

AIは便利だ。

書類は速くなったし、面接の振り返りも、議事録のまとめも、桁違いに楽になった。

ただ、「あなたの仕事は何か」という問いには、AIは答えてくれない。

答えるのは、結局、自分しかいない。

それを、夜のタクシーで突きつけられた気がした。

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これからどう考えるか、決まった答えはまだない。

ただ、最近すこしだけ意識しているのは、肩書きの後ろにもう一行つけるつもりで、自分の仕事を語ってみる、ということだ。

「総務部長で、人事をやっています」

その後ろに、自分だけが知っている一行を、心の中で足してみる。

たとえば、「人が辞めるときに、最後まで話を聞く役です」とか。

たとえば、「若い子が泣きに来る部屋を、開けておく仕事です」とか。

たとえば、「経営者と現場のあいだで、両方に嫌われる役です」とか。

声には出さない。

タクシーの運転手さんに、そんなことを言ったら、引かれる。

でも、自分の中で一行足しておくと、肩書きとのズレが少しだけ埋まる気がする。

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タクシーの運転手さんは、私の事情なんて知らない。

ただの客の、ただの雑談だ。

それでもあの夜の3秒は、しばらく忘れないと思う。

50代で、自分の仕事を一言で言えなかった夜。

肩書きはあるのに、肩書きでは足りないと、初めて自分で気づいた夜。

ここからは、たぶん、答え直す時間が始まる。

答えに詰まれるうちは、まだ間に合うのだと思いたい。

何も引っかからずに肩書きを言えてしまうほうが、本当はちょっと危ない。

詰まる、ということは、自分の中に、まだ問いが残っているということだ。

次にタクシーで「お仕事は?」と聞かれても、たぶん私はまた、人事ですと答える。

それでいい。

ただ、心の中の一行のほうを、これから少しずつ、ちゃんと書いていきたいと思う。

夜の車窓に滲んでいた、あのネオンの色を覚えているうちに。

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