履歴書の写真を見る前に、答えはもう出ている。
面接室のドアが開いて、相手が入ってくる、最初の3秒。
その3秒で、私は何度、判断を間違えてきたか。
人事責任者として、20年間で2,000人以上の面接をしてきた。
最初の頃は、履歴書を熱心に読んでいた。学歴、職歴、自己PR欄に蛍光ペンで線を引いて、「ここを聞こう」と決めていた。
ところが、5年も経つと、履歴書はほとんど見なくなった。
理由は単純で、履歴書はあてにならないと気づいたからだ。
代わりに見るようになったのが、相手が面接室に入ってくる、最初の3秒だ。
歩き方、目線、椅子に座るまでの間。
そこに、その人の20年が出ている。
2,000人見て、「採ってはいけない人」には共通する3つのサインがあった。
ひとつずつ書いていく。
サイン①「御社」を3回以上言う人
これは意外かもしれない。
「御社の事業に共感しまして」「御社の成長に貢献したく」「御社で実現したいのは」。
熱意があるように見える。
でも、よく聞くと、この人は 自分のこと を話していない。
ずっと、こちらの会社の話をしている。
入社したあと、こういう人は 会社のせい にする。
「御社のビジョンが変わった」「御社の文化に合わなかった」と言って、半年で辞める。
私が見ているのは「御社」の回数ではなく、
「私は」を主語にして話せるか だ。
サイン②自己PRが完璧すぎる人
たまに、面接室で名演説をする人がいる。
エピソードトークが上手で、起承転結がきれいで、最後にちゃんとオチもつく。
聞いていて、感心する。
でも、採用しない。
なぜか。
完璧すぎる自己PRは、過去を加工している証拠 だからだ。
人生はそんなにきれいに進まない。失敗も、失速も、怠惰の時期もあったはずだ。
それを抜き取って、いいところだけを編集している人は、入社後も同じことをする。
ミスを隠す。失敗を再構成する。「チームの問題で」と言い始める。
私が信じているのは、ぎこちなく語る人だ。
「あの時は、たぶん、自分が悪かったと、いま思います」
こう言える人は、現場で折れない。
サイン③質問の最後に「以上です」と言う人
これは小さなサインだけど、決定的だ。
逆質問で、こちらに何かを聞いたあと、「以上です」と区切る人。
意識して使っているのか、無意識なのか。
どちらにしても、その人は 関係を閉じる癖 がついている。
仕事は、会話のキャッチボールで進む。
質問して、答えが返ってきたら、そこから次の話が始まる。
「以上です」と切る人は、たぶん、現場でも会議で「以上です」と切る。
部下から相談されても、結論だけ出して「以上です」と返す。
その瞬間、誰もその人に話しかけなくなる。
ここまで書いてきて、「面接2,000人」と聞くと、ノウハウ記事に見えるかもしれない。
でも、本当に伝えたいのは、別のことだ。
面接で見ているのは、相手のことではなく、自分のこと だ。
相手の3秒を見て判断するということは、
自分の3秒も見られている ということだ。
50歳になって、ようやく気づいた。
私が「採ってはいけない人」のリストを書けるようになった頃、
私自身も、誰かの「採ってはいけない人」リストに入っているかもしれない。
AI時代になって、面接はどう変わるか。
職務経歴書はAIで盛れる。志望動機もChatGPTが書ける。
オンライン面接の答えも、横でClaudeが補助できる。
つまり、「言葉」では人は判別できなくなる。
最後に残るのは、面接室に入ってくる3秒。
声の温度。沈黙の質。
「以上です」を、言わずに飲み込める人。
採用は、相手を選ぶ作業に見えて、自分を映す鏡だった。
50歳になって、私はいま、面接室に 入る前の自分 の3秒を、まず気にしている。
歩き方、目線、ドアの開け方。
「採ってはいけない人」のサインを、自分が出していないか。
それを問えるようになっただけで、面接の質が、たぶん変わってきている。

