若手の退職、9割は「あの一言」が原因です ―会議室で発した、たった3秒

人事・組織

退職届を見て、こう思ったことはありませんか。

「なんで、こんなにいい子が辞めるんだ」

理由欄には「家庭の事情」。

面談では「キャリアアップを考えまして」。

どれも、嘘ではない。

でも、本当でもない。

22年、人事をやってきて、ひとつ確信していることがあります。

若手の退職、その9割は、ずっと前に会議室で誰かが発した「たった3秒の一言」が原因です。


退職理由は、いつも「無難」に着地する

人は、辞めるとき、本当の理由を言いません。

言っても、何も変わらないと知っているからです。

それに、最後くらい、波風を立てたくない。

円満に出ていきたい。

だから退職理由は、いつも無難なところに着地します。

「家庭の事情」「体調」「キャリアアップ」。

人事をやっている人間なら、わかると思います。

この三つは、ほぼ「定型文」だと。

私は面接を2,000人以上やってきました。

辞める人の面談も、数えきれないほどやってきました。

そして、退職理由をそのまま信じたことは、もう、ありません。

本当の理由は、たいてい、もっと前にあります。

半年前、一年前。

会議室で、誰かが、何気なく発した一言。

その一言が、若手の中で、静かに、消えずに残っている。


「これくらいで」という3秒

具体的に言いましょう。

たとえば、こんな一言です。

「これくらいで、いちいち聞くな」

「最近の若手は、打たれ弱いな」

「俺が若い頃は、もっと大変だったぞ」

どれも、発した本人は、3秒で忘れます。

悪気もない。むしろ、励ましのつもりだったりする。

でも、言われた若手は、忘れません。

10年経っても、覚えています。

私自身、そうでした。

20代の頃、当時の上司に言われた一言を、いまだに一字一句、覚えています。

人は、自分を否定された瞬間を、脳に刻みます。

そういう生き物なんです。

会議室での3秒は、本人にとっては「ただの3秒」。

でも、言われた側にとっては、「自分という存在への評価」になる。

ここに、決定的なズレがあります。

そして、このズレに気づける管理職は、本当に、少ない。


なぜ、上の人ほど気づけないのか

不思議だと思いませんか。

なぜ、経験を積んだベテランほど、若手の心に鈍感になるのか。

理由は、シンプルです。

その人自身が、その「一言」を浴びて、生き残ってきたからです。

「これくらいで」と言われて、歯を食いしばってきた。

「俺の若い頃は」と言われて、見返してやろうと頑張ってきた。

だから、無意識にこう思っています。

「自分も乗り越えた。だから、これは正しい教育だ」と。

でも、時代が変わりました。

昔は、その一言に耐える理由がありました。

辞めても、次がない。家族を養わなきゃいけない。会社にしがみつくしかない。

いまの若手には、その理由がありません。

辞めても、次がある。

そして何より、「ここで我慢する意味がわからない」。

価値観が変わったのではありません。

我慢する「前提条件」のほうが、消えたんです。


会議室で、ベテランが良かれと思って放つ一言。

それは、もう、若手には届きません。

届かないどころか、静かに、退職へのカウントダウンを始めてしまう。


「辞めるな」と思った相手は、たいてい辞める

退職前の若手には、サインがあります。

人事を長くやっていると、これが、見えるようになります。

まず、雑談が減ります。

朝の「おはようございます」のトーンが、ほんの少し、平坦になる。

ランチに、行かなくなる。

会議で、発言しなくなる。

「どう思う?」と聞いても、「大丈夫です」「特には」。

反論すら、しなくなる。

反論というのは、実は、期待の裏返しなんです。

「言えば変わるかもしれない」と思っているうちは、人は意見を言う。

それをやめたとき、心は、もう、外を向いています。

ホテルの現場で、こんなことがありました。

入社2年目の、よくできる子でした。

お客様アンケートでも、よく名前が挙がる。

その子が、ある時期から、急に静かになった。

休憩室で一人になることが増えた。

私は「あ、まずいな」と思いました。

でも、現場のことは現場に任せようと、一歩、引いてしまった。

3ヶ月後、退職届が出ました。

理由欄は「一身上の都合」。

あとで、別の若手から聞きました。

その子は、ある会議で、先輩にこう言われていたそうです。

「君の代わりは、いくらでもいるから」

たぶん、先輩は覚えていません。

でも、その子は、その日から、ずっと出口を探していた。

できる社員ほど、突然辞めるように見えるのは、このためです。

突然ではないんです。

ただ、サインを出すのが、静かなだけ。

そして、できる子ほど、最後まで、ちゃんと仕事をしてしまう。

だから、気づかれない。


言葉は記録され、空気は記録されない

ここで、AIの話を少しだけ。

いま、議事録はAIが文字に起こす時代です。

会議の発言は、ほぼ、すべて残ります。

便利になりました。

でも、ひとつ、見落とされていることがあります。

AIが記録するのは「言葉」だけ。

「空気」は、記録されない。

「これくらいで聞くな」と言ったあと、若手が黙り込んだ、あの数秒。

その沈黙の重さは、議事録には残りません。

数値化もされません。

だから、組織は、いつまでも気づけない。

そして、もうひとつ。

いまの若手は、AIには、本音を言います。

「上司が怖い」「この職場、向いてない気がする」。

ChatGPTには打てる言葉が、人間には、言えない。

なぜなら、AIは、3秒で否定してこないからです。

「これくらいで」と、言わないからです。

私は、これを、職場の敗北だと思っています。

人間が、人間に相談できなくなっている。

AIが優しいのではありません。

職場が、それ以下になっているだけです。

AIにできて、私たち管理職にできないことなんて、本当は、ひとつもないはずなのに。


明日の、自分の一言

では、どうすればいいのか。

立派な研修も、制度も、いりません。

まず、明日の自分の一言を、3秒、考えるだけでいい。

「これくらいで」と言いそうになったら、飲み込む。

代わりに、「どこで詰まった?」と聞く。

たった、それだけです。

私も、できていません。

いまでも、つい言ってしまう。

言ってしまった夜、一人で「またやったな」と思う。

社長や管理職というのは、たいてい、深夜に一人で悩んでいるものです。

誰にも言えず、答えも出ず。

でも、その悩んでいる時間こそが、たぶん、いちばん尊い。

なぜなら、悩んでいるということは、まだ、若手の顔が見えているということだから。

辞めていく若手を止めることは、もう、できないかもしれません。

でも、次の若手を辞めさせない一言は、明日、選べます。

会議室の3秒は、誰かを追い詰める3秒にもなる。

でも、誰かを救う3秒にも、なれる。

同じ、3秒です。

明日、その3秒を、何に使うか。

決められるのは、私たちのほうです。

タイトルとURLをコピーしました