飲み会で本音を言う人より、トイレで本音を漏らす人を信じる

人事・組織

飲み会で「正直に言うけどさ」と切り出す人を、私は、あまり信じていない。

本気の本音は、そんな大きな声では出ない。

それは、トイレの前ですれ違うときに、ぽろっと、漏れる。

22年間、人事をやってきた。

面接した人数は2,000人を超えている。

そのあいだに、私は一つだけ、確信していることがある。

「飲み会で語られる本音」と「トイレで漏れる本音」は、まったく別物だ、ということ。

飲み会の中央で、ビールを片手に、上司の目をちらっと見ながら、

「正直に言うとですね、うちの会社って——」

と語り出す人がいる。

熱く、長く、よく整っている。

あれは、本音ではない。

正確に言えば、「明日の自分が困らないように、ちゃんと作られた本音」だ。

本人は本気のつもりかもしれない。

でも、頭のどこかで「これくらいなら言っても大丈夫」というラインを引いている。

その線の内側で喋っている限り、それはもう、パフォーマンスだ。

飲み会の本音は、たいてい、明日の朝に取り消し可能なところで止まっている。

本物の本音は、もっと小さい。

もっと、低い声で出る。

私が今までに「これは本物だ」と思った本音は、不思議なくらい、場所が決まっている。

トイレの前の廊下。

給湯室。

エレベーターホールの隅。

二次会から三次会へ移動する、夜道の数十秒。

どれも、本人が「ここなら、誰にも届かない」と思った瞬間に出ている。

声の大きさも違う。

少しだけ、酔いが抜けかけた、素の声に近い。

忘れられない場面がある。

ある社員と、忘年会のあとのトイレで鉢合わせた。

入社10年目、現場をよく見てくれていた中堅だった。

手を洗いながら、彼は鏡を見ずに、ぽつりと言った。

「部長、僕、たぶん、もう、もたないです」

それだけだった。

席に戻ったら、彼はまた笑っていた。

普通に飲んで、普通に冗談を言って、二次会にも来た。

でも、私はあの数秒のほうを信じた。

3か月後に、彼は辞表を持ってきた。

予感ではなく、確認だった。

似たような場面は、いくつもある。

給湯室で、すれ違いざまに

「正直、もう限界かもしれません」

と小さく言って、何事もなかったように給湯ポットの前に戻る女性社員。

喫煙所の出口で、煙草を消しながら、

「うちの課長、たぶん奥さんとうまくいってないですよ」

とぼそっと言って、そのまま自席に戻る若手。

みんな、本音を「言いに来た」のではない。

ただ、こぼれてしまった。

その「こぼれてしまった」感じが、本物の証拠だ。

なぜトイレや給湯室なのか。

理由は、わりとはっきりしている。

人は、誰かに評価される場所では、本音を出さないからだ。

飲み会のテーブルは、評価の場だ。

上司がいて、同僚がいて、後輩がいる。

そこで喋ることは全部、明日の自分の立ち位置に跳ね返ってくる。

だから、人は無意識に「言っても大丈夫なライン」を計算する。

その計算の結果として出てくるのが、飲み会の「正直に言うけど」だ。

トイレは、評価の場ではない。

誰も、トイレ前の数秒で人事評価をつけない。

だから、防御が外れる。

防御が外れた数秒に、本音は、勝手にこぼれる。

余談だけれど、私はキャバクラに10年以上通った時期がある。

別に偉そうに言うつもりはない。

ただ、あの場所でも、まったく同じ構造を見た。

席で語られる「本音」は、本音ではない。

お客さんが、女の子に向かって「本気で言うけどさ」と語るあれは、

たいてい、自分の見せたい自分の話だ。

本物の本音は、お店のトイレの前で、酔った男が壁にもたれかかって、

「うち、もう離婚するんですよね」

と、誰に向かってでもなく言う、あの数秒に出る。

私は、それを何度も、横で聞いてしまった。

会社のトイレも、夜の店のトイレも、構造は変わらない。

評価から一瞬だけ外れた場所で、人は、ようやく素になる。

最近、AIが組織に入ってきて、状況は少し変わった。

議事録は自動で残る。

1on1の録音も、サマリーが出る。

Slackもメールも、全部、検索できる。

人事システムが正式に拾える「本音」は、これからどんどん増える。

でも、よく考えてほしい。

拾えるのは、結局、「飲み会で語られたほうの本音」だ。

「正直に言うけど」と前置きされた、整った本音のほうだ。

トイレ前の数秒の声は、永遠にAIには届かない。

録音もされない。

議事録にもならない。

Slackにも残らない。

だから、AIが進化すればするほど、

「現場で生身の人間が拾う本音」の価値は、逆に上がっていく。

私はそう思っている。

人事の仕事は、データを読むことだ、と最近よく言われる。

それは正しい。

エンゲージメントサーベイも、離職予兆スコアも、ちゃんと見るべきだ。

でも、それだけで人は見えない。

数字に乗ってくる時点で、本音は、もう一段、整えられている。

整えられる前の、ぐちゃっとした手触りは、

廊下と給湯室とトイレ前にしか、落ちていない。

だから、若い人事の人にひとつだけ伝えたいことがある。

組織を本気で見たいなら、自席に座っている時間を、少し減らしてほしい。

そのぶん、トイレの近くを通る回数を、増やしてほしい。

給湯室にも、用がなくても、立ち寄ってほしい。

聞き出そうとしなくていい。

質問もいらない。

ただ、そこにいる回数を増やすだけでいい。

本音は、聞き出すものではなくて、

たまたまその場にいた人の耳に、勝手にこぼれてくるものだ。

22年やってきて、最後に残った技術らしい技術は、それくらいだ。

立派なフレームワークでも、サーベイでもない。

「トイレの近くを通る回数」。

笑ってもらっていい。

でも、もしあなたの会社で、最近、誰かが静かに辞めていっているなら、

明日から少しだけ、廊下を歩く時間を増やしてみてほしい。

本音は、まだ、こぼれている。

拾える人が、いないだけだ。

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